第八章 そして二人旅
昨夜、戻ってきたユールは、「飯にしよう」と一言発しただけで後は黙ったまま食事を済ませ就寝しました。
翌日、ルナセブンから「ユールにライカンスロープの殲滅状況を確認されたので、ムーンに確認しムーンが把握している個体は残っていないと告げた。」と言う通信が入りました。
やはり、赤のユールはそんな危険な存在では無く、私に気を使える人の気持ちが分かる人であると思えました。
ユールは、それまでの情報を元にライカンスロープの最後の群れを自力で探して掃討してきたのです。あの時の私の精神状態では、私が最後の集団の居場所をユールに伝えるのが辛い事であると理解したのでしょう。
朝ご飯を食べ終わって宿の外に出ると、宿の入り口においてあるロッキングチェアに腰掛けて揺れているユールを見つけました。
「よう、よく眠れたか?」
ユールは、いきなり声をかけてきました。
私は、驚きながら、
「おかげさまで・・・」
と返すのが精一杯でした。
ユールは、何の気無く話している感じで、
「昨日な、イゾルデに聞いたんだが、イゾルデは元町長を説得したそうだ、どうやったと思う?」
「さぁ、想像も付きません。」
「あの朝、ユールのローブを羽織って馬にまたがり、『私は王に報告する前に死ぬ訳にはいかないので、ユールに助けを求めないならもう都に向かいます。ユールに助けて欲しいなら門の上から大声で叫べば助けてもらえますよ。では』と言って、町の反対に向かう振りをしたそうだ。」
「イゾルデさんらしいですね。」
「でも、あの台詞は無いよなぁ。」
「聞いていたのですか、私もそう思います。」
丁度その時、元町長の逮捕に向かっていた二人のルナが報告に来ました。
「元町長は、馬車での逃走を図っていたので、『馬車は町の財産であると認定する。無断の持ち出しは盗難と見なし逮捕する。』と申し伝えました。側近が、手短な荷物をまとめ、町長は着の身着のまま、二人で町を離れたのでそのまま見送りました。」
と報告すると、ユールは、
「上々、ありがとう。手間をかけさせたな。」
と労をねぎらいました。私は少し疑問に思って、
「よろしかったのですか?」
と聞いてみました。
ユールは、
「俺だって分かってはいるのさ。あいつは運が悪かっただけだ。とは言え、四十人からの若い兵士を犬死にさせた責任はとって貰わない訳にはいかない。」
「責任ですか・・・では、そう言えば良かったのでは無いですか?」
「反省はして欲しい。しかし、それで自殺でもされたら気分が悪い。俺たちに対する恨みを張り合いにして生きてくれるならそれで良いじゃ無いか。なぁ御曹司君。」
「御曹司?」
そう言って振り返ると、十五、六の成年がこちらを伺って立っていました。そして、口を開きました。
「不思議に思っていたのです。上位の貴族の怒りを買ったなら一家断絶が当たり前です。それも無い、爵位剥奪だけの沙汰など聞いた事が無かった。でも、父は逃げると言った。私は、貴方からの沙汰を承る為に来たのです。」
成年は問われたように話し始めました。
「家族を罪に問う気はねぇよ。しかし、今の家に住み続ける事は出来ねぇな。引っ越して仕事を探せ。」
「仕事なら、兵士の仕事をしたいと思います。」
「なら、町長代理のルナに相談しな。そもそも、自分の財産と町の運営費を分けて考えていたなら、自分の財産から兵士の遺族への補償を除いた分はお前らの取り分だったんだが、分けていなかったみたいだったからな。そうなると、過去の貢献から算出するしかねぇ。精査には時間がかかるだろう。なぁに、ルナ達は人間味はねぇが非人道的な判断はしねぇ。安心して相談しな。な、御曹司。」
元男爵の息子はしばらく考えてから、
「御曹司ではありません。ニケです。」
「言い名前じゃねぇか、ニケ、風のように自由に生きてみな。」
ニケは、その場から立ち去りました。
私は、どうしても聞かずにいられなかった質問をしました。
「貴方と白のユールの考えは同じなのですか。その・・・ライカンスロープについて・・・」
赤のユールは少し考えてから、
「白のユールは俺と入れ替わるときに条件をつけやがった。条件は三つ、一つ目は、ライカンスロープを全滅させる事。二つ目は、ネストの奴らに手を出さない事。三つ目は、ライカンスロープの掃討作業をお前に見せない事だ。」
「え?」
「くだらない事を考えている白に俺は言ってやったんだ。『俺の仕事はネストに住んでいた全ての生物を全滅させる事だ。だが、お前の顔を立ててネストには手を出さないでおいてやる。くだらない事を言ってねぇで俺に代われ』ってな。」
「つまり・・・」
「答えになったか?まぁ、三つ目の約束は破っちまったかな。後で怒られるかもな。」
「そんな事は・・・ない・・と思います。」
「そうか、良かった。ところで。」
「はい」
「俺は、ネストの始末についてルナフォーの後任を決めたらネストに挨拶だけして旅に出ようと思っているんだ。」
「は?」
「その、なんだ、俺は外世界になれてない。そう思うだろ。」
「・・・まぁ。」
「と言う訳で、付いて来て欲しい。」
「否はありませんが、私にも仕事があります。」
「仕事をしながらでいい。お前の仕事を優先する。」
「分かりました。」
という経緯で私達は、しばらく一緒に旅をしました。
旅の中で赤のユールについていくつか分かった事があります。
赤のユールは、他の二人と違い、物を作るという事をしません。物を壊すこと、喧嘩をする事、生き物を殺す事に躊躇もし無ければ罪悪感も覚えていません。
あえて言えば、
「他人の物は壊さないように気をつけている。」
「喧嘩も物を壊す事も好きな訳では無く、どちらかと言えば興味が無い。」
「戦い方も、武術や武道のように洗練された物では無く、力任せにぶっ飛ばすハンマーのような武器を好む。」
という、ある意味とても豪快なものでした。
それとは別に、意外だったことがいくつかありました。
一つ目は、殺生に罪悪感を感じない人格というのがとても重要だということです。黒も白も結構罪悪感にさいなまれる性格をしています。特に白は、いつも必要以上に罪悪感を感じる性格なので、必要であれば私が代わって率先して手を汚すようにしているほどです。
今回の事態収束のために、この新しい人格は、間違いなく必要に迫られて現れた人格である事が分かりました。
二つ目は、この新しい人格は、自分では全く物を大事にしないくせに、何かを大切にしている人を見ているのが好きだという事です。ある日、子供を助けたお礼に小さなぬいぐるみを受け取った彼女は「これは大切にしないといけないな」と言い出しました。私が何故そう思ったのか聞いたら、「あの子が大切にしていたものだから」と答えたのでとても驚きました。
まぁ、そういう人だから白が信頼して任せる気になったのかも知れません。
そして三つ目が、今更の情報だったのですが、この新しい人格が発生した時期です。本人によると、もう百年前からいたと言うではありませんか。本人が言うには、
「俺が起きているときはいつも白は眠っていたんだ。」
と言う事で、どうやら黒が起きているときだけ起き出しては色々教わっていたようです。その中で、他の人格の運動野や言語野を活用する方法を身につけたそうで、自分が表に出なくても直ぐに肉体を動かせた事も話す事が出来た事も納得がいきました。
・・・
「なぁルナ、お前はどうしてそんなに人間っぽいんだ?」
ある日突然、ユールがそんな質問をしてきました。
「どういう意味でしょう?質問の意味が理解不能です。」
「お前は、他のどのルナよりも人間っぽいんだよ。」
「どうなんでしょう、自覚したことがありません。私は他のルナと行動することが少ないですしね。基本的に、ユールのお守りが私の主な仕事です。主に白のユールですが・・・」
「そうか、じゃぁ、白のユールに感謝しないといけねえな。お前と旅ができて楽しかった。今度出てきたときも頼んだぞ。」
「今度?」
「あぁ、眠くなってきた。俺はしばらく休む。白に変わるよ。」
「わかりました。今度出てきたときもよろしく願いします。・・・すぐに乗り物を用意します。チャンバーに急ぎましょう。」
「すまん、俺は持ちそうにないや。白によろしく。」
そして、ユールはいきなり崩れ落ちました。
私は慌てて乗り物を呼び寄せました。超音速で。
乗り物にユールを乗せると、服を全部脱がせローブでくるんで白のユールの家に急ぎました。
体の変化は始まっていましたが、小さな体から大きな体になるため、素材が足りません。
裸にしたユールをチャンバーに突っ込んでふたを閉め、栄養たっぷりの液体で満たします。
早くても三十分といったところでしょうか、白のユールの服を用意しながら赤のユールとの旅を振り返っていました。
もう、あれから十年も経っていました。
-おわり-
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2013/12/04(水) 12:32:19|
- 再生した地球にて
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