僅かな時間が流れ、ライカンスロープ達が私達の戦闘圏に入ろうかというタイミングで町に設置されたオートキャノンのマイクがその声を拾いました。
『灰色のユール、私を護ってくれ、助けてくれ。』
と。
ユールははじかれるように後ろを向くと、ナノマシンの力を借りて大きな声で叫びました。
「私は月からの使者ユール。前進を止めよ。それ以上進むならこのユールがお前達を全滅させるだろう。」
その声は、粒子状の音となって四キロ離れた場所でもはっきり聞き取れる音量で届けられました。粒子状の音は、蝉の鳴き声のように少ないエネルギーで大きく聞こえる音を遠くまで届ける事の出来るものです。綺麗に反射して音が反響しやすいのが難点なのですが、こんなに見通しの良いところでは都合の良い方法です。
ライカンスロープは言語を解すると分かっているので意味は通じたはずです。目の前の一団は一瞬動きを止めましたが、やがて、三匹が飛び出してきてユールに襲いかかりました。ユールは流れるような動きで杖の中から刀を抜き出すと襲いかかってきた三匹の前でクルッと回り、気が付くと三匹の向こう五メートルほどのところに立っていました。
三匹のライカンスロープは頭と身体が離れて転がりました。
この期に及んで血しぶきを浴びたくないなんてユールらしいけど、今回はそうも行きそうにありません。
「みんなこうなりたいか!!」
再び、大音量が響きました。
私は、これでこの戦闘が終わってくれる事を期待しました。もしかすると、ユールもそうだったのでは無いでしょうか。しかし、ライカンスロープ達は一斉にユール目掛けて襲いかかってきたのです。
「三十秒」
私は呟き、直ぐにニトロガンを抜き去り、同時にルナフォーにオートキャノンの大気圏突入を指示しました。オートキャノンは計算完了から到着まで最短で五分。最長百四十分。途方も無いほど長い時間です。しかし、到着したとしても今の状態で町から攻撃すると敵を引きつけてしまう恐れがあります。町には一匹すらも侵入を許す訳にはいかないのです。今は二人で持ちこたえる必要があります。
今、私のニトロガンに装填されている弾はライフル弾が二十発、貫通力のあるテフロン弾が二十発、貫通し無いという特徴を持つ柔らかいシルバーチップが二十発。私は迷わず、杖を地面に投げ、両手でライフル弾とテフロン弾を可能な限り連射しました。一匹目は必ず致死ダメージを与える必要があります。確認出来ただけで貫通弾で動きを止める事が出来たのは五匹。私は十五秒で四十五匹を仕留める事ができたのでした。
ユールは二十匹を相手にして既に二十四匹を倒していましたが、刀は刃こぼれが無くても切った相手の油が付いて切れ味が悪くなるものです。相当に不利な状況にあるのは間違い有りませんでした。
残った弾数で襲いかかってくる敵を何とかするのは不可能に見えました。しかも、弾倉を交換する時間を敵は与えてくれません。ローブの耐久力にも限界があります。そう思った瞬間、ユールは何故か私の足下にいました。しゃがんだ状態から身体を回し私のおなかに足を当てました。蹴られる。私は全神経を集中して蹴られる部分の筋肉を固め、受け身の姿勢をとりました。
「ごめん」
ユールの声が耳に届きました。
次の瞬間、私は宙を舞っていました。ユールは私を正確に四十五度の角度で斜め上に蹴り上げたのです。宙を舞いながらユールを見たとき、ユールは私の杖と自分の杖を重ねて爆発させていました。
と言っても、杖のナノマシンの結合を解き、電気の力でナノマシンを拡散させるだけの行為です。威力はありません。何をしているんだろう。そう思った次の瞬間、ルナフォーのオートキャノンが電磁波モードでユールに照射されました。通常はオートキャノン同士で電力供給に使われるモードで、目に見えるものではありません。しかし、このとき、オートキャノンの砲身が特殊な形状で展開されます。馬車の幌が吹き飛ばされ、中のオートキャノンが特殊な砲身を展開したので分かったのです。ナノマシンは、電磁波をうけて形状を変化させ、地を這う炎の渦と化しました。ナノマシンはライカンスロープにまとわりつき、異形のもの達を激しく焼き、燃え尽きていきます。
この攻撃は、理論上、可能である事は白のユールも知ってはいました。しかし、ナノマシンを制御するには、ユールがナノマシンに素手で触れている必要があり、しかも、その部分はナノマシンの濃度が濃くなります。当然、ユールの被害も無視出来ないものになります。
ユールは、私をこの爆炎から護る為に爆炎の圏外に私を蹴り出したのでした。
私は、十五メートルほど離れたところに転がり、やっとの思いで受け身をとり、状況の確認を始めました。
爆炎に飲み込まれたライカンスロープは約四十匹。残った十数匹の一部は森に向かって走っていますが、残りは町に向かっています。しかも、門を目指しているのでは無く、東に回り込むように移動し、既に一キロ以上離れた位置にいます。戦闘に集中していて気が付きませんでしたが、最初から町に向かって走っていた一団がいたのです。
オートキャノンの到着はあと十二分後、ライカンスロープは十分もしないで塀に到着してしまいます。
戦闘が始まってまだ一分も経過していません。しかし、既に半径十メートルの焼け野原が広がっています。私はローブの防御力を信じてユールの元に向かいました。ユールの右腕があった場所は肘から先が焼け落ち、ローブも三分の一が無くなっていました。ユールの頭部の半分は焼け、長かった髪の毛は跡形もありません。損傷は間違いなく肺まで達しています。普通の人間なら即死です。
「ユール!!」
駆け寄った私に、出るはずの無い声が聞こえました。
「町に向かった群れを追え!」
ユールは肺に残っていた最後の空気で私に指示を出したに違いありません。肺に達した損傷が回復するまではもう空気は吸えないでしょう。いかなユールといえど、空気を吸えないと苦しいのです。
私は、肉体から感情があふれ出すのを感じました。
私としては、初めての経験でした。
私は、あふれてくる涙をぐっとこらえ、肉体のリミッターを解除し、町に向かった一団をおいました。私は、肉体のリミッターを解除したときの最大時速が四十キロに達します。あとから襲ってくる激しい筋肉痛と関節の悲鳴は覚悟しなければいけませんが、この状態を五分以上は維持出来ます。彼らの移動速度が最大で時速二十キロ程度のようなので、五分で縮められる距離は最低でも三百三十三メートル。彼らの全速力はそんなに保たないので、五百メートルは縮められるはずです。ぎりぎりロングバレルの射程内です。
オートキャノンが先頭から狙ってくれれば、塀への到着を防げる可能性がまだあります。
彼らが狙っていると思われる塀の低い部分までの距離は二キロを切っています。
塀の上の兵士には槍で応戦して貰う必要があります。都合良く、私のニトロガンに装填されている弾は貫通の危険の少ないシルバーチップ。ライカンスロープに命中さえさせれば、塀の上の兵士に被害は無いでしょう。そう言えば、このシルバーチップの準備はユールの指示によるものでした。ユールはこの事態を予想していたのでしょうか?私は、ライカンスロープ(狼男)には銀の弾丸(シルバーチップ)と言うしゃれかと思っていたのですが・・・。
門の外のオートキャノンは、遮蔽物の無い状態のライカンスロープを時々狙撃しているようです。少し高く浮き上がったライカンスロープが打たれているのが見えます。
私の関節が悲鳴をあげ始めたとき、最後尾の一匹が射程に入りました。私は、ニトロガンにロングバレル(延長砲身)を装着し、最後尾の一匹の頭を狙いました。
弾着まで約二秒予測射撃開始。
私はスキップの要領で両足を同時に地面に着き、両手でしっかりニトロガンを握ると、最大出力で発射しました。
二 一 命中!!
さすが!私。と言うか、ロングバレルにぶれは無い様です。
ライカンスロープの移動は予想よりもかなり遅く、時速十五キロを切っていたようです。体力を残して交戦状態には入れたのは良かったかも。
と期待したのですが、ライカンスロープ達は一瞬足を止めたものの、こちらに気づき、全速力で塀に向かって走り出しました。
さすがに息が上がっていて上手く声を出せない私は、大きく息を吸い、地面を蹴りました。
塀はもう奴らの目の前です。オートキャノンは塀を壊してしまう恐れがある為、もう狙えないところになってしまっています。あと四匹なのに。
私は、奴らの先頭が塀に飛びつくタイミングで先ほどの要領で立ち止まり、ライカンスロープを狙撃しました。
そして、また飛び出し、距離を縮めて次の一匹。
疲れが溜まって、弾道がぶれ始めています。
何とか二匹は即死させました。
その時、二匹が同時に塀を駆け上がったのです。
「まずい」
私は、先ず一匹に狙いをつけて撃ちます。弾着を確認する事も無く、もう一匹の予測射撃に入りました。着弾位置は塀の上の兵士のこめかみ!!
私は、予測を信じて発射しました。
「貫通するな!!」
私は、生まれて初めて、祈るという気持ちの意味が分かった気がしました。
兵士は、最後のライカンスロープとともに塀に倒れ込みました。
・・・
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2013/10/18(金) 12:52:22|
- 再生した地球にて
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