第五章 戦闘開始
翌朝、私達は夜が明ける前にネストを出発しました。アルテミスが持って来た小型のエアバイクに乗って町に近い森の切れる手前に着陸し、エアバイクを隠しました。
距離的にはライカンスロープが臭いをかぎつけて襲ってきてもおかしくないほど彼らの宿営地の近くです。
緊張の中、ユールは町に向かって歩き出しました。しばらくすると、町から見えるか見えないかの位置にライカンスロープの戦闘部隊と思われる集団が固まっていました。
時間にして一時間の距離です。私達は、学院の職員を避難させるようルナワンに連絡しました。これで、町の人はライカンスロープの来襲が近い事をいやがおうにも知る事になります。避難は三十分で済むと連絡がありました。
距離的には、私達もライカンスロープの集団から見られてもおかしくありません。しかし、向こうから手を出してくる事は無い様でした。
学院の職員の避難が完了する頃、私達は町から見える位置に到着していました。ライカンスロープの集団はまだ動いていないようです。その時、丁度夜が明け、私達を照らし出しました。
個人的には町から見える私達の様子を知りたいです。かっこいい登場だと良いのですが。気が付いて頂けてないととても寂しいです。
夜が明けると、それが合図であったかのようにライカンスロープの集団が動き出しました。集団は全部で三つです。先ほど私達が見つけたのは真ん中の集団のようです。三つの集団は、そんなには離れていないようでした。夜が明けると、全ての集団を目視で確認する事が出来ました。
さすがに、町の見張りも気が付いたようです。動きが慌ただしくなっています。十体でも相手にならなかったライカンスロープが約百体。町にのしのしと近付いているのです。
私は、ユールに情報を提供します。
「ユール、ライカンスロープは平均身長が百二十センチ、脳の容積は人間の子供の八十パーセント程度です。特徴としては、人間よりも敏捷性が高く、人間では脳が障害を受ける可能性のある運動も可能です。非常に高度な運動により、特別に訓練を受けた人間でない限り相手をするのは困難です。」
「知能が低いのが救いですか。」
「脳の容量が大きくなると、運動に制限が発生します。重さによる慣性で脳にダメージを与える恐れがある為です。」
「成る程、ある意味丁度良いバランスだという事ですね。」
「ただ、単体では長時間の戦闘は困難であると予想出来ます。」
「どういうことでしょう。」
「戦闘における持久力を持たない動物の特徴が見られます。体温が上昇した場合、体温の発散が苦手なようです。」
「でも、波状攻撃を仕掛ける必要があるほど長期戦にはならないと考えているという事でしょうか。」
「四倍の敵を数分で全滅にできたわけですからね。」
「・・・成る程。でも、良い事が一つあります。彼らは町までは走って行かないという事ですね。少なくとも、近くまで歩いて行く必要がある。」
「その通りです。さすがです。」
「褒めても何も出ません。」
その時、ユールがよろけました。
あれと思いましたが、原因は直ぐに判りました。身長が低くなっているのです。
「ユール、どうしたのです?身長が・・・」
「赤が、出たがっています。もう、あまり時間がありません。」
私は言葉の意味を理解する前にユールのローブを構成しているナノマシンに指示を出してサイズを調整しました。
ユールはユールでドレスの裾を調整しているようです。ユールのドレスは幅のある一枚布を包帯のように身体に巻き付け、四個の木の輪に端を通して止めているだけなので、慣れているユールなら簡単に直す事が出来るでしょう。
白のユールの身長は一六〇センチ程なのですが、今は一四〇センチ無いくらいです。かなり小柄です。ローブの中で余った身体の素材がどうなっているのかは分かりませんが、何らかの形で身体の外に出てきているはずです。
「時間は、あとどのくらいですか。」
「・・・私の精神力の持つ間です。」
マズスギマス。
戦闘中に集中が切れたら入れ替わってしまうですか?
困ります。何が起こるか予想不能です。ムーンにどれくらい持つか予想をして貰いましょう。ムーンはあっさり、戦闘開始後三十秒以内に当該状態に遷移すると予想しました。
なんだか、この戦闘で生き残れる気がしなくなってきました。すると、ユールは
「私を信じて下さい。赤が出てきたら赤の指示通り動いて下さい。それと、赤はムーンと接続出来ないようです。日本語しか黒のユールから学んでいません。交渉が発生したら貴方が通訳をして下さい。かの女は私より黒に非常に近い存在です。」
と私の目を見て伝えてきました。その顔は既に別人のものになっていましたが、瞳は間違いなく白のユールでした。
「言われるまでも無く、私はユールには従うしか有りません。」
「赤には秘策が有る様です。私の思いつかない方法で状況を打開してくれるかも知れません。」
「本当ですか?」
私は、その秘策に飛びつきたい気持ちになりましたが、そうすると、白が抵抗している意味が分かりません。つまり、出来れば積極的には使いたくない方法であると予想出来ていると言う事なのでは無いでしょうか。私は、少し考えてから
「出来れば、必要以上の惨状は見たく有りません。」
とかまをかけてみました。ユールは、
「私もです。」
といつもの笑顔を見せてくれました。そう、私の中で一つの回答にたどり着きました。私はいつも通りやるだけです。
・・・
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2013/10/12(土) 09:46:35|
- 再生した地球にて
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