第六章 初めての夜
両親が見えなくなると、ユールは申し訳なさそうに話し始めた。
「実は、私の今回の旅にはもう一つの目的があるのです。怒らないで聞いてください。」
と樽越しに話しかけてきた。いったいどんな話が始まるんだろうと思っていると、ユールは話し続けた。
「この旅の四日目か五日目に、もしかしたら盗賊に襲われるかも知れません。」
「へ?」
「もしそうなったら、必ず、納得がいかなくても私の言う事に従って欲しいんです。」
「退治するんじゃ無いの?ユールは強いんでしょ?」
「・・・必ずしもそうではありません。アナタの言うように、退治してしまうのは簡単なのかも知れません。」
「アナタじゃ無くて『タケル』!!」
「・・・たっ、タケルの言うとおり、退治してしまうのは簡単かも知れません。」
「うんうん。」
「でも・・」
そこで帰ってきたのは意外な発言だった。
「でも、それだけでは無い事も判って頂きたいんです。今は・・・理由は・・・私もはっきりしないのですが、何か嫌な予感がするんです。私の指示に従っては頂けませんでしょうか?」
「・・・」
「必ず、アナタだけは助けます。」
「『タケル』!!」
「必ず、タケルだけは護ります。決して、傷一つ付けさせません。・・・だから・・・」
「判ったよ。・・・判らないけど従うよ。それで良い?」
「・・・ありがとうございます。」
ユールは、樽越しに俺の手を取って自分の頬に擦りつけた。何を考えているのかは判らなかったが悪い気はしなかった。
王都は早瀬川の町の東の方にある。ここからは街道に入り急いで歩いて一週間くらいだ。山を回る道になっているため、実際の距離よりも時間がかかる。途中には先文明の時代から富士山と言われている山がある。この時期は冠雪で美しい風景を提供してくれる。馬車で登れる山では無いので、海側を回って行く事になる。
街道に入ってすぐに気がついたのは、この馬車がほとんど揺れないような気がするところだ。大変乗り心地がいい。馬車は御者席と一番後ろの今座っているところには(たぶん)牛の皮が張ってあって、中には綿が入っているようだが、乗り心地の原因はたぶん他のところにあるはずだ。ひょっとしてと思って、ユールにバネの間に入っていた棒の御陰か聴いてみたら、正解だと教えてくれた。制震装置というらしいが、中身は見かけよりは原始的なものなのだそうだ。でも、仕組みは教えてくれなかった。
それからは、鳥の鳴き声を聞いては鳥の話をし、花が咲いているのを見れば花の話をして馬車に揺られ続けた。ルナは文句も言わず、黙々と御者を続けていた。ユールは、ルナ以外と旅をするのは初めてだったらしい。隊商と夜に一緒になって一晩だけ夕餉やたき火を囲む事はあっても、一緒に歩いたり、一緒に馬車に乗ったりすることは無かったといっていた。
やがて、お昼の時間となったが、ユールは馬車を止める事も無く、お昼ご飯は果物で我慢してくれといって、箱いっぱいのリンゴと梨と干し柿と葡萄を差し出して好きなだけ食べてくれと言った。日が傾きかけた頃、南の方から、薄い雨雲が近づいてきた。ルナは、隊商が野営した跡と思われる場所に馬車を止めた。馬車の後ろをたき火の跡に近づけるように止め、車止めをすると、馬車の幌の上に丸めてあった帆布を伸ばし、たき火の上を覆うように広げ、長めの棒で馬車と反対側の両端を支え、紐と楔で器用に地面に固定し、簡易の屋根ができあがった。ユールと私は急いで薪を集めて、たき火の周りに集まった。
ユールは火口を取り出すと、器用に火をつけた。商売柄、火の扱いには慣れている自信はあったが、ユールはさすがに旅慣れた風に、どんな状況でも上手に火をつけてしまいそうな手慣れた感じがした。
その日は、馬車を早めに止めたので、お米を炊いて、焼いた鶏肉と味噌汁を準備してくれた。準備中に小雨がぱらついてきた。しかし、風はあまり強くなかったので、帆布の屋根だけでやり過ごせそうだった。お袋の天気予報もたまには当たるんだなぁと感心した。
ユールは食事ができあがる直前に小麦粉とイースト菌をを練ったものを作っていた。明日の朝パンを焼いてお昼ご飯にするつもりらしい。
ご飯はおいしかった。玄米では無く白米だったが、手間と炊きあがるまでの時間を考慮して旅の間は白米になるらしい。鶏肉には、様々な香草が塗してあった。香りが良くて食欲を刺激してくれた。
夜はたき火を囲んで寝る事になった。ユールはローブと毛布を渡してくれた。俺はローブをかぶり、毛布を掛けて横になった。代わり番こに不寝番をするものだと思っていたが、ルナが不寝番を買って出たので他の二人が寝る事になった。ユールが言うには、ルナは一週間に一度くらいしか眠る必要が無いらしい。そういえば、人間じゃあ無いんだっけ。普段のルナを見ているとついつい忘れてしまう。
俺は、しとしと雨が降る中、毛布にくるまりながら何となくたき火を見つめていた。ユールが声をかけてきた。
「眠れないのですか?」
「いや、そんな事は無い・・・と思う。」
「ごめんなさい、さすがにフカフカの寝床は用意できないのです。」
「大丈夫、大丈夫。このローブ、厚手で十分に柔らかいから。」
「それにしても、初日から雨に追いつかれるなんて、一寸不運でしたね。でも、この雨なら明日には止むでしょう。」
「そうだね、秋雨って感じじゃ無いからあまり長引かなそうだね。」
ユールは、眠れなさそうな俺に気を遣って一生懸命話し掛けてくれているんだろうか、あまり同じ話題が続かない。頑張って話題を探している感じが可笑しくって、また嬉しくって少し笑ってしまった。ユールには丁度微笑んだところを見つかってしまった。
ユールは毛布を持って立ち上がり、俺の背中に回り込んで並んで横になった。勿論、ルナが不寝番に立っているので迂闊な事はできない。
「誰かと並んで寝るのは初めてです。」
と、ユールは背中からささやいた。思わず振り向くと、ローブのフードに邪魔されてユールが見えなくて、頑張ってフードを下ろした。ユールは毛布の一部を丸めて頭の下に敷いて俺に顔を向け、そして、目を閉じていた。息が届いてしまいそうなほど近かった。抱きしめて口づけをしたい衝動に駆られたが、何とか押し止めた。
「結婚すれば毎日でも並んで眠れるよ。」
とささやきかけると、ユールは目を開けてどこか残念そうに、
「そうかもしれませんし・・・そうではないかもしれません。タケルは『二輪の花の記憶』は読んでいないのですね。」
「ああ、読んでない。お袋の実家にはあるらしいんだけどね。」
「私もです。・・・私も読んでいません。私は、タケルが読んでいなくて良かったと思って居るんです。読んで居たら一緒に旅をする事も無かっただろうと・・・そう思っています。」
「ひょっとすると、そこには、俺たちが結婚できない理由が書かれているから?」
「判りませんが、お母様の発言から、おそらく・・・少なくとも手掛かりが書かれているのだろうと思います。」
「・・・読んでみようかなぁ」
「だっだめです。お願いですから読まないでください。」
突然、懇願するように必死に訴えてきたので、宥めるように応えてしまった。
「よっ・・・読まないよ、知られたくない事があるなら、読まないから・・・」
「ありがとうございます。」
ユールは安心したようだった。少し、目尻が潤んでいるように見えた。悪い事をしてしまった気分になりながら、しかし、自分の口から思いがけない言葉が紡ぎ出されていた。
「でも、なんだか嬉しいな。」
ユールはびっくりしていた。
「何がですか?」
「だって、自然に名前で呼んでくれている。」
「あっ・・・ほっ、ほら、一々直されるのも・・・会話が途切れますし・・・」
頬を赤らめている。かわいい。思わず、腰に手を回し抱き寄せようとすると、火の番をしていたユールが態とらしく「コホン」と咳をしたので慌てて手を引いてしまった。でも、ユールはいやな顔をしていなかったし、少し、身体を寄せてきてくれた。俺は、どうしていいのか判らず、その場で身もだえをしながら「うーーーん」と唸ってしまった。前後から薄い笑い声が聞こえてきて恥ずかしくなってしまった。
「今の日本国国王が女王で私達の縁者である事はご存じですか?」
「あー、そういえばそうだったね、二年くらい前に女王になったって担当教員から聴いたよ。血縁者なの?」
「男の私の血縁者なのです。といっても、かなり遠縁になってしまいましたが・・・彼は二回この国の国王になっていますが、最後に国王になってからもう八世代経っています。」
「百五十年近く前だっけ?」
「そうですね。さすがに近親者というほどは近くなくても、血縁者と結婚するのはどうなのかとも思いますが・・・」
あー本当に別人格なんだ。自分を批判してる。
「今の女王は若いけど聡明な方です。おそらく、タケルの融資の審査も彼女が自ら行うでしょう。そして、私はその席で意見を求められると思います。」
「えっ?」
一寸驚いた。もしかしてユールが応援してくれれば承認間違いなし?
「でも・・・最初に謝っておきます。私はタケルに都合の良い意見を具申できる自信がありません。それどころか、邪魔をする発言をしてしまうかもしれません。・・・私は・・・その時が来たら冷静でいられる自信がありません。」
「へっ?」
どういう意味だろう。しかも、なんで今それを言うんだろう。
「私は・・・自分がどうしたいのか、まだ判っていないんです。この旅の途中でその答えが見つからなかったときは、多分、私は冷静では無い発言をしてしまうと思います。」
「それって、この旅の間の俺の行動次第って事?」
「・・・違う・・・とは・・・断言できません。・・・でも、多分に私個人の問題です。・・・なので、最初に謝らせてください。」
「・・・変な事聴いていい?」
「・・・どうぞ」
ユールは、とても真剣にそして真っ直ぐに俺の目を見て来た、だから俺は一寸視線をそらして質問してしまった。
「もし・・・俺が・・・ユールに口付けしちゃったら」
ユールは息をのんだ。なので俺もユールの目を見つめてしまった。そして続けた。
「その発言って変わったりするの?」
目をぱっちりと見開いていたユールは、思案気に視線を泳がせていたが、やがて決心したように
「変わらないと思います。」
とはっきり答えた。
その答えを聞いた俺は、質問を続けた。
「もし・・・もしその先に進んで、もっと凄い事を・・・その・・・最後までしてしまったら・・・」
「そっ・・・その時・・・でも」
ユールは真っ赤になりながら続けた。
「自信は・・・有りませんが・・・多分・・・変わらないと思います。・・・そのぉ・・・もしも私の発言が怖くて・・・行為に及ぶのを躊躇うようなら・・・何というか・・・躊躇わず行為に及んで頂いた方が・・・私は嬉しいです。」
なっ何を言っているんだ。俺は、間違いなく真っ赤になっていると思う。俺は、女の子に何を言わせてしまったんだ。ユールの発言に僅かなりとも興奮するものはあったが、それよりも巨大な後悔が自分を押しつぶし始めた。一度真っ赤になった顔が青ざめていくのを感じた。
すると、ユールは毛布から手を出して俺の頬を撫でて言った。
「何度でも言いますが、私はアナタに何をされても抵抗しませんから、アナタの気持ちを大事にして欲しいでのす。私は、少なくとも、長生きしてきて、間違いなく言えるのは、アナタに何をされても・・・タケルに何をされても後悔はしないと・・・これだけは断言できるんです。それだけは、信じてください。・・・信じて・・・欲しいです。」
「俺も、今は、自分の気持ちの整理が出来ていないみたいだ。」
「ふふふっ。そうみたいですね。差し詰め私はアナタを惑わす悪魔と言ったところですね。」
ユールは今までに無いほど悪戯っぽくそして蠱惑的な笑顔を見せたが、すぐに真顔に戻って顔を口付け出来るほど近づけて
「アナタが一時的な劣情から私に手を出したとしても、私は受け入れますし、後悔もしません。」
といった。俺は堪らず毛布が腕に絡んでいるのもかまわずユールの肩を突き放し距離を取った。
「意気地なし」
と、火の番をしていたルナからの声を聴いて、慌てて振り返った。一時ルナの存在を完全に忘れていたことを悟ったが、ルナの発言の意味が理解出来ず、さらに頭が混乱した。
その後、ユールの顔を見ることが出来ず、ユールに背中を向け、またしばらく、たき火を眺めていた。
何か、夢を見ていた気がする。やけにはっきりした夢だったことは覚えている。なのに、夢の内容は思い出せなかった。
ご飯の炊ける香りがした。これは玄米の香りだ。
「はっ」
と、目が覚めた。ユールはもう目を覚ましていて、ご飯を作っていた。雨はもう止んでいたが、ユールはどことなく暗い顔をしていた。俺が「おはよう」と挨拶をするとユールは俺が起きたことに気がついていなかったのか驚いたように慌てて「おはようございます」と挨拶をした。
ルナは毛布にくるまって眠っているようだった。
「私が起きるまで頑張っていたのでご飯が出来るまで寝かせてあげてください。必要は無いといっても毎日少しずつは眠った方が身体への負担は少ないはずなんです。」
と、ユールはルナを気遣っていた。俺は
「ああ」
という気の利かない返事しか出来なかった。昨夜の自分がユールに対し取ってしまった態度に自己嫌悪が津波のごとく押し寄せてきた。何を言うか整理も出来ていないのに口が勝手に開いていた。
「あの・・・昨日はごめん。」
「は?何のことですか?」
「その・・・うまく説明出来ないんだけど・・・君を傷つけてしまったような気がするから」
ユールは不思議そうな顔をし、料理を続けながらこちらを見て
「何のことか判りませんが、私は傷ついていませんから気にしないでください。」
とにっこり笑った。しかし、俺の心は晴れなかった。
「いや、それでも謝らせて欲しい・・・ごめん。」
ユールは困ったようにでも、何か煮込み料理でも作っているのか、お鍋を見つめ、かき混ぜながら呟くように言った。
「多分、私がアナタに謝りすぎたのでアナタにも変な気持ちが伝染してしまったのですね。これからはお互いに謝るのを禁止にしませんか?」
「言っている意味がわからない。」
「それに、これも多分ですが、私がアナタを誘惑しているからアナタが後ろめたい気持ちにならなければいけない様な事をさせてしまっているのですね。だから、謝らなければいけないのは私なのだと思うのです。でも、私は自分の気持ちの整理が出来るまで、アナタを・・・タケルを誘惑することをやめられません。だから、謝りません。」
「えっ、いや、えっ?」
「だから、謝られると私が困るんです。」
「あの・・・その・・・どどどっ」
「だから、謝らないでください!!!」
視界の端にもそもそと動くものがあった、そして、その動くものが声を発した。
「痴話喧嘩はもう少し離れたところでやって頂けませんか。」
不自然な低い声、若干怒気を含んだそれはルナの声だった。
「あっ起こしちゃった。てへっ。」
「てへっ。じゃ有りませんよユール。・・・ふぅ、まぁ最低限の睡眠はとれましたからいいですが。」
「ごめんなさい。」
ユールは申し訳なさそうにうなだれた。
「ユールは悪くないんだ俺が・・・」
ルナの怒気を含んだ声は俺の反論を許さなかった。
「当たり前です。アナタが悪いのは当然のことです。あなたの口から聞くまでもありません。」
「マジ、やっぱりそうなの・・・」
「・・・ふぅ、冗談です。アナタはルナをかばう必要はありませんよ、私は眠っていても周りの状況は全て把握しています。半径四キロメートル以内の事は小鳥の囀りでも聞き逃しません。」
「それはそれで怖いけど・・・」
「勿論、旅の間だけですよ、ここまで警戒するのはね。でも、アナタにいいわけをされなくても、全て判っています。」
「あ、どうも」
どう返事していいものか困って、なんか妙な返事をしてしまった。
「もうすぐ、ご飯が出来ます。少し向こうに行ったところに小川がありますから、顔を洗ってきてください。」
と、ユールが林の方を指差した。俺は言葉に従い、手ぬぐいと身だしなみをそろえる為の一式を持って川に向かった。後から、ルナもやってきた。俺は、何気なくルナに話し掛けた。
「おはよう・・・あのさぁ、」
「何ですか?」
「ユールってなんか、見かけの年齢と精神年齢が近いよねぇ。本当に長生きしてきたの?」
「・・・長生きしてますよ。でも、男性に対して見かけの年齢と精神年齢が近い行動をするのは当たり前だと思うんですが?」
「なぜ?」
「身体が若いからです。彼女も見かけの年齢相応に思春期ですし、性欲も抱えているんです。私には、今までよく我慢してこられたなぁと感心することは出来ても、年齢に不相応な事をしているとは思えません。」
川にたどり着いた。川は水遊びが出来そうな浅い川だった。河原には大きめの石がごろごろしていて、水はとても澄んでいた。昨日の雨の影響はなさそうだった。
「十分飲用に耐える水ですね。」
といってルナは服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、何をしているんだ?」
「何をって、水浴びをするつもりですが?私はユールと違って水浴びをしないと身体を清潔に保てませんから。アナタも水浴びをした方がいいですよ。」
ぎょっとしている俺とは対照的にユールは淡々と服を脱ぎ終わると、水の中に入っていった。
「俺も男なんだけど・・・」
というと、ルナは俺を睨んで、
「アナタは幼女趣味をお持ちですか?なら考えますけど、そうで無いならこんな貧相な身体に興味は無いでしょう。」
確かに、ルナの身体はまだ、子供のそれだったが、胸は膨らみかけており、俺をどぎまぎさせるには十分だった。俺は、
「幼女趣味は無いけど、やっぱりどきどきはするよ。」
と返した。すると、ルナは
「溜まっているなら解消するお手伝いはしますよ。」
と、冗談とも付かない顔で発言したので、
「本当に?」
と聴いてみた。ルナは、背中をこちらに向けた見返るような格好でこちらをじっとしばらく見てから、
「ユールにお願いしてもいいとは思いますけど、私の方が良いなら否はありません。でも、私は事務的ですよ。恋愛感情は無いので。」
と冷たく返された。何となく困っていると、
「とにかく、水浴びをすることはお勧めします。今日は強行軍になる予感がします。ユールが馬車の中で食べられるお昼ご飯を準備していましたからね。」
「え?昨日より?」
「昨日より!」
俺は、渋々、女の子の前で裸になり、水浴びをした。さすがに勃起っているということは無かった。自分が幼女趣味や無くて良かったと安心してしまった。
身体を拭いて戻るとご飯が並んでいた。ユールは元気に
「今日は、昨日の二倍を一気に移動しますから休憩も少ないですよ。しっかり食べておいてくださいね。」
といった。ルナの予想通りだ。俺は、水浴びで冷えた身体をたき火で温めながらご飯を食べた。塩でしめた鳥の笹身と根菜を煮込んだ煮物と玄米、大根の葉の味噌汁。味噌汁は少し薄味だったが、しっかり出汁が取ってあるのでおいしかった。
ご飯を食べている間にユールは昨日作っていた小麦粉の練り物を百日紅の枝に巻き付けて焚き火のそばに刺して焼いていた。これも美味しそうな良い香りがしてくる。
「これはパンという食べ物です。本当は窯で焼くと美味しいのですが、馬車に釜を積むわけにも行かないので」
といって笑いながら説明してくれた。お昼ご飯なのだそうだ。
パンは旅の定番料理として知ってはいる。旅の道具を買いに行ったときにお店の人が見せてくれた。堅い黒い塊で、薄く切って水に浸して食べるようなもので美味しい物では無いと言っていた。しかし、これは美味しそうだ。そんな話をすると、
「あぁ、黒パンですね。黒パンは二度焼きで焼きしめると一ヶ月以上保存がきくんです。でも、あまり美味しく無いですね。これは今焼くと明日の朝までしか食べられないような保存のきかないパンです。その代わり、柔らかくて私は好きなんです。栄養は、黒パンの方があるかもしれませんね。」
へぇ、ユールは旅の間、大変でも自分の好きな物を食べさせてくれるんだ。なんだか嬉しいな。
「そういえば、今日は玄米だったね。ユールは玄米好きなの?」
「はい、白米よりも玄米が好きです。味も香りも。でも、これは好き嫌いですね。タケルはどちらが好きですか?」
「うぅん、難しいなぁ。どちらにもそれぞれの美味しさがあるんだよなぁ。」
「そうですね。でも、白米にすると、栄養を摂るためにおかずが難しくなるんですよねぇ。」
「えっ、そうなんだ。」
「はい。この旅は短いのであまり問題ないのですが、玄米の栄養と同じ物を摂ろうとすると腐りやすい物が多くて、長持ちする物が少ないので長旅では大変です。」
「へぇ、普段はどうしているの?」
「大陸では町から町まで一ヶ月移動することもあるので、私とルナだけの時は、米ぬかと酵母と色々混ぜて固めた物を時々摂っています。食べてみます?薬みたいな物なので美味しくは無いですが・・・」
「食べてみようかな。」
ユールは、馬車の中から、水袋のような物を持ってきて、中から錠剤を三粒出して渡してくれた。
「これだけで栄養を摂るときは一日に三十錠食べます。」
「うん」
といいながら口に入れて噛んだ。
「うぅっ」
不味い、口の中の水が吸い取られた後、土を食べているかのような味が・・・。さらに後から妙な酸っぱさも・・・これは頂けない。
「お水です、どうぞ。」
水を器に入れて渡してくれた。
「美味しくないでしょう。これ、先文明の頃から美味しくないそうです。」
とユールは自分も美味しくない物を食べているかのような顔をして教えてくれた。俺は水で口の中の物を流し込んで、さらに煮物で口直ししてから、頷いた。
「これは酷いねぇ。」
「栄養はあるんです。持ち歩くにも場所も取らないので、最後の手段としていつも持ち歩いています。水が必要になるので、水が無いとさすがに食べられません。」
料理が出来るときは極力料理してもらった方が良さそうだ。
ルナが食べ終わった食器をもって川との間を往復して片付けを始めた。俺も自分の食器や空になった鍋を持って川に行った。ルナは手際よく洗い物をしていた。俺は、洗い物をルナの隣に置くと、洗い終わった物を重ねて持ち上げた。ルナは、洗いながら「ありがとうございます」と感情の無い挨拶をしてきた。でも、その一言で嬉しくなれる自分を見つけた。
帰り道にカストゥルとポルックスが食事をしているのが見えた。そういえば、昨日の夜馬車から外した後、二頭でどこかに走って行ってしまって、誰も面倒を見ている様子は無かったけど、放し飼いみたいな物なのかな?一寸気になったが、食器を持って馬車に向かった。馬車ではユールが食器を受け取ってくれた。
「さっきそこでカストゥルとポルックスが道草食ってたけど・・・」
「はい、私達からはご飯は夕方に野菜と果物をあげているのですが、一日に一回だけなんです。後は自由に食べてもらっています。危険な物は教えてあるので大丈夫です。」
「そういう物なんだ」
「彼らだけです。普通の馬でそんなことしたらおなか壊しちゃいますから、馬車に干し草や何かを入れておく物だと思います。たぶん・・・」
「ははは、そうかも知れないね。」
珍しく自信のなさそうなユールを見てかわいいところも有るじゃないかと思っている俺がいた。
みんなで急いで準備をした。ルナが口笛を吹くとカストゥルとポルックスは走ってやってきた。そして八時には移動を開始していた。今日はみんなで並んで御者席に座っていた。ルナを挟むように前に向かって私は右、ユールは左に座った。
「今日は、温泉まで行きたいの、カストゥル、ポルックスお願いね。」
というと、二頭の馬は嘶いてから早足で動き始めた。相変わらず凄いなぁこの二頭は。
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2013/02/02(土) 23:22:17|
- 再生した地球にて
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