王都に向かう日の前日、夕方にユールが家を訪ねてきた。ルナも一緒だった。何でも、大事な話があると言うことで、家族そろって話を聞くことになった。
「王都に行く道中はご一緒できるのですが、帰りは、私に特に戻ってほしいと言うことが無ければ、海外へ行くことになると思っています。」
と、言いながら、俺に意味ありげな視線を送ってくる。言いたいことは判るが、まだ結論が出ていない。
「私に戻って欲しいかは、王都に着いて審査が終わってからでかまいません。でも、私が戻ってこないとなった場合、帰りは多額の現金を持って帰ることになると思いますので、王城から何人か兵士をつけてくれると思います。そのような形でよろしいですか?」
「貴女が居る時は兵士はついてくれないの?」
お袋が驚いたように聞いた。もっともな質問だった。
「つきません。私とルナが居る場合、兵士は足手まといでしかありません。守るのは一人な訳ですし・・・私も、自分が居た方が安心はできるのですが・・・多分、何も無ければ国王から他国との交渉を依頼されると思うんです。私は支援を頂いている国の国王からの依頼は無下にできませんから・・・」
俺は、間抜けな聞き方で、
「?どういうこと?」
とほざいていた。
「支援のことですか?私も飲まず食わずでは生活できませんので、学院から僅かですがお給料をもらっているのと、私の活動に賛同してくださる各国からの支援で生活しているのです。学院からのお給料は今回のように発表会に参加して意見を言ったり、助言をしたりすることで貰っています。」
「働いてたんだぁ」
当たり前のことなのに間の抜けた返事をしてしまった。
「はい、皆さんに比べると、楽していっぱいお金を頂いてしまっているかもしれませんが、普段、旅をしているので、宿代と食事代、自分の家を維持してくれる人のお給料と・・・」
「家持ってるの!!?」
またもや間抜けな驚き。
「はっ、はい、一応、小さな家ですが・・・王都の郊外に・・・馬車もそこから届けて貰うことになっています。でっ、でも、場所は秘密です。絶対教えません。教えたら押しかけてくるでしょう?普段居ないので来ても無駄ですよ。そこに居るのは何年かに数日ですから。」
そこに、ルナの冷たい突っ込みが入った。
「そうですね。前に戻ったのは先月で、一週間ほどでしたが、その前は確かに五年前です。あの家は、住んでいる時間よりも大工さんに直してもらっている時間の方が長いですね。」
ユールは寂しそうに
「気に入った物を置いておく場所として家が欲しかったんです。二百年前に建てた家なのですが、人が住んでいないので痛みが早くて・・・」
と付け加えた。なるほど、管理してくれる人が必要な訳か。
「すみません、話を戻さないと。帰り道の件は良いですか?」
家族全員、「良いんじゃ無いかなぁ」という感じで実感が湧いていなかった。
「では、次なのですが、融資してもらえた場合、お金を学院の施設に預けて頂いた方が安心だと思うんです。勝手ですが、学院の施設の出納係には話をつけておきました。もちろん、他に当てがあればそれに越したことは無いのですが・・・」
「いえ、確かに、家には大金を安全に保管できる場所はありませんし、融資を受けてからしばらくは町の外の盗賊にも狙われやすいかもしれないですもんね。そんな先のこと全然考えて無かったわ。」
お袋が言うと、ユールは安心した顔で、
「安心して眠るために学院に預けた方が良いと思ったのです。以前、融資を受けた家族が眠れなくて病気になってしまったと言うことがあって。喜んでもらえたならよかったです。では、明日の朝、出る前に出納係と顔合わせをしましょう。」
なるほど家族そろって聞くべき内容に始まって、明日の持ち物、旅行中に必要な物などの話になった。
「移動中の食事と、王都での宿泊場所についてはこちらで手配してしまいましたがよろしいですか?私の行きつけの宿なので不便は無いと思いますが・・・」
「あれ?王都に家があるんじゃ無いの?」
「家は王都の郊外で、歩くと半日はかかってしまいます。王城に用事があるときは使えません。・・・とても残念です。」
「そうなんだ、宿泊場所は良いけど・・・あまり持ち合わせが・・・」
「お金のことは気にしないでください。私と同じ部屋に泊まることになりますが、私が払います。」
「えっ、良いの?」
「はいっ、多分、想像されているよりとても広いお部屋なので問題ありません。」
なんか、違う方向性で返事されたような気もするけど、ここはお言葉に甘えさせて頂こう。路銀は心許ない。出費が抑えられるに越した事は無い。
「移動中の食事は私とルナで準備するつもりで居ますが、好き嫌いはありますか?」
「特にないけど。」
「移動中はお米を炊く時間がもったいないので、麦が中心になってしまうと思うんです。お米のご飯がよければ朝炊いて、今の季節ならお昼はおにぎりでいけますが、夕ご飯は少し難しいです。遅くなってしまってよければなんとかしますが・・・」
「無理しなくて良いよ。好き嫌いないし、麦の料理も食べてみたい。」
「では、お言葉に甘えさせて頂きますね。」
といった三人しか関係ないことも話し合い、夜になりユールは帰って行った・・・が、何故かルナが残っていた。二人だけで話がしたいと言い出したのだ。
「何か、私に聞いておきたいこととかありますか?」
というルナの唐突な問いかけから会話は始まった。
「多分、アナタが何かを気にされているのでは無いかと察しました。私に質問してください。答えられる範囲でお答えします。」
まぁ、今日無理に聞く必要も無かったんだけどせっかくだから聞いてみるか、と早速質問してみた。
「向こうの宿は王城に近いの?」
「かなり近いです。門の前の大通りに面しています。」
「じゃぁ、高いんじゃ無いの?そのぉ・・・宿泊費・・・。」
「・・・ユールが経営している宿です。副収入ですね。自分が泊まる時用の部屋を用意させているんです。」
「へぇ、ユールってお金持ちなんだぁ。」
「そんな事もありません。かなり良心的な宿を売りにしているので、上がりはたいしたことないようです。その殆どを経営してくれている人に支払ってしまっています。ユールの収入は月に金貨一枚です。」
金貨は日本だけでは無く、ほぼ世界中で通用する硬貨で、贅沢しなければ一家三人が一ヶ月生活できる。しかし、旅をすると二週間の宿代にもならない。飯抜きでもだ。
「び・・・微妙な収入だねぇ。」
「まぁ、同じような宿が世界中に十数件あります。正直、お金に困る事は無いと思うのですが、水商売ですからね。損する事もあるので、補填するためのお金も貯めておかなければなりません。結構大変みたいですよ。」
「国からの支援は?」
「国からの支援は、殆どが事業の費用に消えてしまいます。」
「事業?」
「孤児院や学校を運営する事業です。読み書きそろばんを教える学校ですね。」
「!!そんな事してるの!!」
驚きだ。確かに学校は行った。非常に安く学問を一通り教えてくれるので殆どの町の人は通っていると思う。でも、
「ひょっとしてこの町の学校も?」
「はい、この町の学校は、ユールが調達してきた資金と学院から派遣されてきた教職員で成り立っています。今では、学院からの派遣は教職員を指導する立場の人たちだけですが。」
「知らなかった。」
「知らせていないので。」
「知ってたら、みんなもっと感謝すると思うよ。」
「感謝されたくてやっているのでは無いので。」
「微妙に受け入れられて無いね、俺。」
「アナタには理解しがたい理念の基で運営しているので。」
「韻を踏んで遊んでる?」
「ちょっとやってみたかったので。」
「・・・」
「他に聞きたい事は?」
「同じ部屋に泊まるんだよねぇ。」
「行きは野宿ですが、一緒に寝ますよ。私は不寝番に立ちますが。」
「何か間違いが有ったらどうする?」
「・・・ユールは・・・ユールとの間には間違いはあり得ません。」
「いや、俺が・・・その・・・我慢しきれずに・・・とか・・・」
「ユールには、ユールが許した人しか触れる事すらできません。眠っていても、です。なので、もし、アナタが何か為出かしてしまったとしたら、為出かす事ができてしまったら、それはユールの望んだ事です。間違いではありません。」
「でも・・・ねぇ・・・」
「・・・そこまで心配なら別の部屋に寝れば良いんです。正確に言うと、ユールの借りる部屋は複数の寝室がついているので別々の寝室で寝る事は可能です。」
「広いってそういうこと?」
「まぁ、そういう意味もあるという事です。」
「そうなんだ。・・・ユールってああ見えて人生長いんだよねぇ。」
「彼女の事に限定した話で良いですか?」
「えっと、どういう意味だっけ。」
「ユールには男性と女性の人格があるので、女性のアナタが会った事のある彼女の事で良いですか?」
「もちろん。」
「そうですね、長生きしています。でも、人生経験豊富とは言えないかも知れません。」
「そうなの?」
「最初の百年はずっと月の限られた人たちとの交流だけで過ぎていきました。続く百年は地球復興の指導が中心の人生でした。同じ事をひたすら繰り返している日々。その次の百年は・・・他人との関わりを断って事実上の引きこもり状態。」
「でも、結婚とかは、した事有るんじゃ無いの?」
「彼女に関しては、有りません。多分、男性との口付けも未経験の正真正銘の処女だと思いますよ。子供を産んだ経験も有りませんし。」
「そういえば、子供が産める身体か判らないような事を言ってた。」
「そんな身体で、子供を残す事を大事にする今の日本で結婚なんてできないですよね。」
「俺と結婚できない理由はそれ?」
「・・・違います。・・・もしかしたら理由の一つかも知れませんが、私の知る限り全く違う理由です。」
「・・・ユールは・・・俺と・・・間違いを起こしても良いと思っているのかなぁ。」
「それは本人に聞くべき内容だと私は思います。彼女の性格なら、はっきりと答えてくれると思いますよ。少なくとも、出会ってからの時間が短くても、アナタは彼女の大切な、守るべき相手である事は間違いありません。」
「その言い方だと、よく判らないなぁ。」
「ん~、すみません、うまく伝える方法が思いつきません。ん~、彼女は不死なので自分を守る必要はありません。でも、人と関わらないようにしていた彼女はあえて他人を守るという行為には及びませんでした。でも、今、アナタが何らかの危機に陥ったら、彼女は文字通り我が身を捨ててアナタを守ろうとするでしょう。彼女は死にませんが。でも、怪我すると痛いらしいですよ。痛い思いをしても助けてくれるという事です。」
「判るような判らないような。・・・でも、伝えたい事は何となく判った。それと、彼女の本当の気持ちに近づくのはすごく難しいという事も判った。」
「彼女の考えを察するのは難しいですが、彼女の思い人になるのはそんなに難しくないですよ。どちらの意味で言ったのか判りませんが。」
「最後に、彼女に大きな借りを作ってしまう気がしているんだけど、問題有るかなぁ。」
「ぷっ、彼女の側の者である私にする質問ですか?」
「あっ!」
「まぁ、良いでしょう。彼女は貸しにするつもりなんて全くありません。彼女にとっては、アナタがこの地方の技術に貢献してくれるだけで十分うれしいので、その手助けがしたいだけだと思ってください。仮に、他意が有ったとして、アナタが彼女の気持ちに答えるかどうかは彼女の駆け引き次第です。アナタが気にしておかしな事になるのは彼女の本意ではありません。つまり、気にしない事です。」
「難しくてよく判らなかったけど、要約すると、気にするなって事で良いのかな?」
「その通りです。」
「ありがとう、今日はもう十分だよ。」
「では、よく眠って明日元気に学院の施設まで来てください。私はアナタより強いのでお見送りは結構です。」
「判った、お休み。」
「お休みなさい。」
スポンサーサイト
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2013/01/15(火) 12:57:18|
- 再生した地球にて
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0