出発したときと同じ町の近くの草原に飛行機は着陸していた。ここからだと家までは歩いて三十分とかからない。
外はまさに朝の太陽の中だった。
「う~ん。いい朝だ。天気もいいし、気持ちいい。まさに秋晴れだな。」
係員から荷物を受け取ると、ルナと話しているユールに話しかけてみた。
「どう?これから家に来ない?」
ユールは少し悩んでから、
「さすがに朝早くからお邪魔してはご家族にも迷惑でしょう。」
「んーそうか、そうだな。じゃぁ十一時に中央広場で待ち合わせでいいかな?」
「ふふっ、気が早いのですね。できれば夕方が都合がよいのですが」
楽しそうに笑いながら応えるユールは少し幸せそうに見えた。
「それもそうか、晩ご飯ならいろいろ準備もできるだろうしな、じゃぁ十六時に中央広場で!」
「わかりました。必ず行きますね。」
笑顔で応えるユールの隣で無表情のルナがしゃべり出した。
「もし、ご家族に紹介するなら、ユールの名前は出さないでください。そうですね、『鈴木百合』という名前ではいかがでしょう。間違えてもごまかせますからその名前がよいでしょう。」
「どうして?」
理由が思い当たらなかった俺は、ルナに聞き返していた。少し強い口調になってしまっていたかもしれない。
「どうしても、です。」
有無を言わせないように淡々と返答するルナは先ほどまでの表情豊かなルナでは無かった。ユールを見ると、口元は苦笑いをしているが、目は全く笑っていないかなり微妙な顔をしていた。
納得のいかなかった俺は、明確には返事せず、
「じゃぁ十六時に!」
とだけ言って家に向かって歩き出した。
早瀬川の町は比較的古い町で、まだ、再生日本が広がり始めた頃の技術であるモルタルを使った家も中央広場付近には残っている。全体からすると、少ない数で、現在では、家のほとんどが単純な木造か漆喰の家が多い。町の主要な道は馬車道と言われていて、石畳になっているが、道のほとんどは舗装されていない土の道だ。それでも、近くの人が毎日水をまいたりしているので踏み固められていてかなり歩きやすい。大八車などで困るほど荒れた道は町の中には無い。
町には千五百人程が住んでいると言われている。木造の家が多いので、火事での延焼を防ぐため、家と家の間は結構広く取ってある。広い庭があったり、小さな畑があったり、隙間の使い方は人それぞれだ。町全体はこの地方では珍しく開けた平らな土地だ。町は周辺にも徐々に広がっていて、町に近い湖や川の畔にも家が建っている。特に音や臭いの出る職業の人が町の外に家を構えている。かく言う俺の家も鍛冶屋なので町の外の川っ縁に建っている。
俺の家は、町に水道を引くために整備された川辺なので、川辺にしては珍しく平らで岩がごつごつした河原にもなっていない。家は代々水道に水を流し込む水門と堰を管理しながら鍛冶屋をやっているのだ。その御陰で、とりあえず仕事が無くてもどうにか食うに困っていない。
家では家族が待っていた、お袋と親父は相変わらず元気そうだった。「ただいま」と言うとお袋は俺を抱きしめてくれた。再会の挨拶もそこそこに、二人に紹介したい人がいる事、夕方に連れてくるからご馳走を用意して欲しい事を伝えた。
親父には「恋人か?」と聞かれたが、どう返事していいか判らず口籠もってしまった。でも、何かを察してくれたらしく根掘り葉掘り聞くような事はしなかった。
このときになっても、俺は彼女をどう紹介したものか、名前はどうするか決めかねていた。
家は全く変わっていなかった。俺は末っ子で他の兄弟は皆、家をを出て行ってしまっている。両親はこの年になっても結婚していない俺を相当心配している。
荷物を解き、親父と仕事場の改修計画について話をしてみた。水車を作るという計画だ。親父は、「この規模だと城からの融資が受けられないと難しいなぁ」と言って悩んでいた。
技術の発展に寄与する可能性のある事柄に関しては王城から融資が受けられる事がある。ほぼ無利子で功績が認められれば返済は免除される。
「俺が城に行って融資を取り付けてくる」
というと、「たくましくなったなぁ」という一言と供に親父にしては珍しいニカッとした笑顔を見せて「おまえに任せる」と行ってくれた。
王城までは往復だけで半月の旅になる。向こうでの滞在費も考えると、家の家計にとっては相当の出費だ。何としても成功させなくてはならない。昼ご飯を食べながら今後の予定を両親と話し合った。お袋は帰ってきたばかりの俺が旅に出ることに反対した。しかし、決意が固かったこともあり、一週間くらい準備して来週王城に向かうという事でお袋を説得した。
夕方になり、ユールを迎えに行く時間になった。一張羅を羽織って中央広場に向かった。町はそんなに広くは無いが、川沿いの家から中央広場までは急いでも十五分はかかる。途中に市場もあるが、市場は午前中でほとんどの店が閉まってしまう。この時間は生地を扱っているお店以外は既に閉まっていた。
中央広場に着くと、ユールが一人で待っていた。杖とローブは身につけていない。いつもの白いドレスと金のブローチだけだ。
「待った?」
と走りながら近づき声をかけると、
「いいえ、今さっき付いたばかりで・・・これ、お土産です。外国のお菓子ですが、時間があったので作ってみたのです。」
と、籐で編んだ籠に入って布を被せられたものを差し出してきた。甘い不思議な香りがした。
「うん、おいしそうだ、でも、ユールからお袋に渡してくれ。」
「わかりました。」
二人は笑顔で家に向かって歩き出した。
「ルナは来ないの?」
「ルナは遠慮するそうです。でも、きっとどこかで見張っていますよ。」
二人で声を出して笑った。
「いつもその服だね。」
と服について聞いてみた。回答は信じられないほどシンプルなものだった。
「服はこれ一着しか持っていないので。」
「へ?」
女性はいろいろな服を着ておしゃれするものだと思っていた。そういえば、化粧もしていないような・・・
「今まで、人と関わらないようにしていたので、ここ三百年以上この服以外着たことありません。変ですか?」
「変じゃない、変じゃない。でも・・・洗濯とかしないの?」
「せっ洗濯?・・・気にしたことありませんでした・・・臭います?かいでみてください!!」
「いっいや、そんな恥ずかしいこと・・・」
「でっ、でも・・・ご両親に変な娘だと思われたくないです。お願いします!!」
「じっ、じゃぁ、ちょっとだけ・・・」
何がちょっとなのかわからないが、ユールの胸に顔を近づけて臭いを嗅いでみた。先ほどのお菓子の臭いとお日様の臭いが混じったような良い香りがした。
「大丈夫、問題ないよ。良い香りがする。」
「へっ、変なこと言わないでください・・・恥ずかしいです。」
「女の子だなぁ。」
「あっ当たり前です!!」
「えっ、声に出てた?」
「思いっきり出てました。そんな言葉、しみじみ言わないでください。」
しみじみ言ってしまったのか、俺。
「ごめん。」
「いえ、気にしてません。」
「いや、気にしてたじゃないか!」
「気にしてません!!!」
何となく言い合いしながら、それが楽しくて家の近くまで言い合いを続けていた。
家の前には、親父が立っていて、二人の姿が見えると家の中にいたお袋に声をかけて二人そろって家の外で出迎えてくれた。
「ごめん、待たせちゃったかな、親父・お袋。」
「なーに、待ってなどいないさ。ちょうど仕事が終わってのんびりしていたところだ。」
仕事後の独特の臭いが仕事場からしていない。親父は嘘をついているんだ。いつもぶっきらぼうな親父の変な優しさがうれしかった。
「紹介するよ、こっちが俺の両親、この人がユールだよ。」
「なに?」
親父が怪訝な顔をした。
「ユールだよ。あの、ユールだ。」
・・・?
親父の顔が変だ、明らかにうさんくさそうな、警戒心むき出しの顔に変わった。
お袋も、驚いて口元に手を当てている。
・・・はっ!!しまった!!!
慌ててユールを見た。ユールは悲しそうに俺にお菓子の入った籠を渡すと、
「失礼しました。」
と寂しそうにお辞儀をして帰って行こうとしている。俺は、どうして良いのかわからず固まってしまった。
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2013/01/06(日) 21:11:42|
- 再生した地球にて
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