ぼーっと飛行機の準備ができるのを運動場で待っていると、二つの人影が近づいてきた。人影は、大小二名で灰色のローブと二メートルほどの長い杖を身につけフードを目深にかぶっていた。
目の前に立つと、背の高い方(と言っても、俺より十センチくらい低いのだが)がフードを後ろに下ろした。案の定ユールだった。
ユールはローブの下に昨日と同じ白いドレスを着ているようだった。そして、フードを下ろすと胸の上の方につけた三日月と何かの葉をモチーフにした金のブローチをつけていた。
「私も、日本に行く用事があるので飛行機ではご一緒させていただきます。・・・」
しばらく俺を見つめた後、
「少々用事を思い出しました。・・・少し出発を遅らせていただいてもいいですか?」
と言った。
俺は、
「もちろん、何の問題もありません。」
と満面のほほえみで答えた。うれしすぎて大声で叫びたかった。もう少し自制心が無かったら叫びながら踊り出していたに違いない。自分でも顔が紅潮しているのがわかるほどだ。
「にっ、二、三十分で戻ると思います。」
若干困ったような顔で、そう言うと、ルナに向かって
「アナタは彼と少し話でもしていてください。あまり退屈させないように・・・」
と言いながら、手を振ってもと来た方向に足早に去って行った。
「何でしょうねぇ、用事があるとは思えないのですが・・・」
ルナがぼそりと、しかし明らかに俺に聞かせたいとでも言うかのようにつぶやいた。
「なんか、思い出したんだよ。きっと」
「私はユールが日本に用事があるという台詞も疑っています。まぁ、急ぎの要件がないのも事実なので、当面の行き先はどこでもいいんですけどね。」
ルナは、ぶっきらぼうに若干不機嫌そうな声で答えながら、フードを後ろに下ろした。
胸元には、満月をモチーフにした金のブローチがついていた。満月だと判ったのは月のウサギ模様が再現されていたからだ。
「月のブローチだ。」
「再現が難しいものである必要があるのです。真似できない物であることが必要なので。」
「確かに、一目で月だとわかるのはすごいね。しかもすごく精巧だ。」
「あげませんよ。」
「いや、欲しいとは言って無い。」
ルナは冗談だというようににっこり笑った。
そんなどうでもいい会話をしてしばらく過ごした。
ルナは最初の印象とは違い、話をしていると意外と感情が豊かであることが判った。冗談を言えば笑いながら冗談で返してきた。心を許してもらえていると感じていた。
「そういえば、彼女遅いねぇ?」
俺は思い出したように言った。
「・・・何をしているんだか、全く子供なんですから・・・困ったものです。」
「へっ?」
「そろそろ迎えに行ってみますか?」
「な?」
「・・・飛行機に乗る前にトイレに行ってきたらどうですか?この通路の先、左側にあります。」
「あー、さっき見たから知ってる。広場のところだよね、水飲み場もあったよ。」
「今のうちに行ってきてください。」
「・・・わかった。」
何となく、有無を言わせない感じに押されて広場に向かって歩き出した。やがて、広場の曲がり角でその人は頭を抱えて長椅子に座っていた。
「そういうことか・・・」
独りごちた。
「はっ?・・・なぜ?」
ユールは驚いたようにこちらを見た。
「トイレに用事があったんだ・・・」
「あっ・・・そっ・・・そうです・・よ・ね。・・・みっ・・みつかってしまいました。」
てへ?と言いながら自分の頭をコツンと打ち、舌をかわいく出しながら苦笑いをしていた。
「トイレ行って来るからちょっと待っててよ。もう行けるよね?」
「もっもちろんです。用事は済みましたから・・・。」
ユールは顔を赤らめてにこにこしながら答えた。かなり苦笑いが入っている。
トイレから出てきて、一緒に飛行機の近くに待つルナのところに合流した。その間、全く会話がなかった、ユールは下を向いたまま、杖をつきながらのろのろと歩いていた。
「あれぇ、途中で合流したのですか?おもしろい話でもできましたか?」
ルナはわざとらしく、抑揚のない声で言った。棒読みと言ってもいいだろう。俺は
「もちろん、かわいい顔が見れた。」
とにっこり返した。すると、ユールが慌てて何か言おうとした。
「ちょっ!」
「よかったですね。」
すかさずルナがにこやかに突っ込んだ。まるでルナにはすべてが見えているようだった。ユールはむくれていたが、飛行機の女性の搭乗員が明るくすんだ声で準備ができたと告げると、俺に先に行くように促し後ろから付いてきた。かすかにため息が聞こえてきた。気にはなったが、気づかないふりをして階段を上り飛行機に乗り込んだ。飛行機は百人は乗れそうだった。椅子が通路を挟んで三列ずつ並んでいる。
搭乗員が案内してくれた席に座ると、ユールは通路を挟んで反対側の席に座った。ローブと杖は添乗員に渡していた。ルナはユールの後ろだ。俺がにこにこしていると、ユールが飛行機には重量配分というものがあって人が少ないときには真ん中に固まって座る必要があるのだ、と慌てたように手をばたばたさせながら主張すると、ルナがそれは初期の飛行機の場合でこの飛行機では関係ないと告げ口をした。ユールはルナに余計なことを言うなと怒って見せたが、ちょっと楽しそうに見えて安心した。
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2012/12/13(木) 12:30:17|
- 再生した地球にて
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