「当機の操縦はルナセブンが担当します。航空管制はルナスリー、安全監視はムーンファイブです。」
と搭乗員が説明を始めた。
「本日の客室担当は私アルテミスセブンワンが担当します。飛行予定時間は十時間、日本の到着予定時刻は午前七時です。何かありましたらお気軽にお声がけください。」
「ちなみに、私はルナツーです。」
とルナが言った。
ルナには現在十二人(?)の兄弟がいて、二番目が自分だと教えてくれた。一番年長の兄弟はルナワンで学院全体の管理をしているそうだ。アルテミスはルナの間接制御端末でやはり人間では無いといわれたが、全く意味もわからなかったし実感もできなかった。
「来るときもそうだったけど、時差って言うのがあるんだね。今はまだお昼前だもんね。」
と雑談代わりに切り出してみたら、ユールが小声で
「これは秘密なのですが、特別に教えてしまうと、学院へはどの町からも十時間の時間をかけて到着するというルールがあるんです。近くても遠くても・・・。時差は隠しようがありませんが、できるだけ場所を知られたくないんです。」
と言った。
「誰でも来られるのに場所は秘密なんだ。」
「軍隊が来て略奪するといったことがあると困るんです。価値のある物がたくさんありますし、教員とその家族約二千人が生活していますし、今日現在は軍隊も防衛設備もありませんし、実は研究機関として研究も続けているんです。今でも新しい発見が結構あるんですよ。今回はその発表会があったので久しぶりに学院に来たのですよ。」
「でも、教えるのは先文明の情報なの?」
「仕方が無いのです。というか・・・今の状態では先文明の情報のほとんどは活用できません。たとえばとても沢山の電気を使ってヒッグス粒子を操作して物体の重量配分を一時的に変化させることができます。といっても、何のことか、何に使えるか想像も付かないでしょう?」
「確かに何を言っているのか全く判らない。」
「三百年ほど前、危険を冒して農業と最低限の工作道具とその作り方、使い方、整備の仕方を伝えました。最初の頃、人々は地下シェルターに残っていた原子力発電所を使って電気を得ていたため、身の丈に合わない技術を使い続けていました。すでに面倒も見られず、燃料も供給できない、いつ爆発して自分たちを滅ぼすかもしれない。そんなものに長いこと依存していたので、食糧の確保もできなくなりつつあったのです。」
「・・・大変だったんだね。」
「私たちは、仕方なく、組織的に農業や工業を伝えるために国家という組織概念を利用しました。結果として初代国王などと欲しくもない称号を得てしまいました。」
「世界中を回ったのは・・・」
「安全に原子力発電所を解体するためです。・・・最初はすごく恨まれました。でも、農業や工業の伝承を条件に納得してもらいました。・・・その時代、文明の利器のほとんどが失われました。大変な選別を受けて、現在、わずかに残る太陽光発電設備で動く簡単な機械が今でも使われています。それですら、長期間の保全、修繕に耐えられる機械は先文明後期の技術水準からすると原始的なものばかりでした。文明が進むと機械は長持ちしなくなるんです。このままだともうしばらくすると時計も作れなくなってしまいます。螺子や歯車は先文明の機械に頼っているので・・・」
「記録媒体も結局石碑が一番確実に残せる方法だって教授も言ってた。」
「でも、別な問題として、原始的な工業には職人の養成が必須条件になります。どうしても時間がかかるし、沢山は育てられません。」
「俺って幸運なんだなぁ、親父に鍛冶の技術を教えてもらえたし・・・」
「お父様はまだお元気なんですか?」
「元気だよ。子供の頃から、兄弟の中で俺にだけ特別厳しく鍛冶の技術を教え込んだんだよなぁ親父。俺が学院に行くっていったとき、俺はほとんどの鍋や釜を直す仕事を引き受けてたんだけど、特別製の鍋なんかは触らせてもらえなかった。親父はそれくらいすごいんだ。」
「特別製の鍋?」
「ああ、鍋の厚みが場所によって違ったり、作り方の関係で火にかけ続けても保ちが全然違うんだ。なかなか穴が開かない。」
「なるほど。鍛造品ですね。」
「そうそう、よく知ってるねぇ。」
「私も・・・刀鍛冶の端くれなので・・・」
「そうなの?」
「そ、そういえば、最初に不足して苦労した工業製品って何だったと思います?」
「何だろう、工業製品って言うんだから・・・鍋とか?」
「実は、布と糸だったんです。みんな、臭いのひどい革製品では納得してくれなくて、お手ふきやおむつにも困ったんです。先文明では紙のおむつが主流でしたから電気が使えなくなって紙のおむつも再生できなくなって・・・、着る服にも困るくらい。」
楽しそうに笑うユールを見て何となくうれしくなった。
「あー、布は今でも高いよねぇ。新しい服なんて滅多に買えないよ。」
「それでも、綿花を畑で育てるようになってだいぶよくなったんですよ。」
「へぇ~」
楽しい時間が続く中、食事がもたらされた。
食事は玄米ご飯とじゃが芋のお味噌汁、鱒の塩焼きと鶏のもも肉と野菜の煮物だった。
「これを食べたら少し休みましょう。」
「え?」
俺は少し驚いた。もっと話をしたかった。
「日本に着くのは朝です、これを食べて少ししたら眠って、起きたら朝の日本に着くようにする。これが疲れない旅のこつです。」
「なるほど。」
「・・・でも、食べてすぐ寝るのはよくないですね、後で少し歩き回りますか。」
「飛行機の中で逢い引き?」
「逢い引きではありません。運動です。少し動いた方がいいんです。」
赤い顔をして否定されてしまった。ちょっとは脈があるのかな?と期待してしまった。
食後、飛行機の前方の操縦席に移動した。操縦席に座っている人はいなかった。遠隔操縦されているのだとユールが説明してくれた。
二人とも、しばらく思い思いに空を眺めていたが、やがてユールがぽつりぽつりと静かに話し始めた。
「ルナから離れたところで二人で話したかったので、こんなところに来てもらいました。実は、教室で話した後、ルナからアナタともう少し打ち解けるべきだと言われました。それで、今日はアナタに同行させてもらおうと思ったのです。」
「えっ、言われたから?」
「はい、私は・・・過去の経験から人と仲良くすることが怖くて・・・できればアナタのこともよく知ることを避けているのです・・・今も・・・」
「きっ、興味が無いということ?」
「正確には違います。・・・理解してもらうのは・・・難しいと思うのですが・・・できるだけ正確に言うと、別れがつらくなるほどのおつきあいをしたくないのです・・・アナタだけでなく・・・誰とも・・・」
「・・・友達が一人もいなくていいってこと?」
「今の私の気持ちから言えば、一人もいない方がいいと・・・」
「そんなんじゃ人生楽しくないじゃないか!!」
思わず強く発言してしまった。ユールは俯きがちだったが、ますます俯いて、もうこちらを見ていなかった。
「私は、まだ人間ができていないのだとルナやもう一人の私に言われています。でも、つらいのはいやなんです。」
ユールの声は震えていた。泣いているのかと思ったが、俯いていて顔は見えなかった。
俺は、ユールの小さな肩を抱き寄せながら聞いた。
「何がそんなにつらいんだ?」
「別れです・・・。仲良くなった人たちはみんな私達よりも先に・・・今生きている友人は・・・友人といえるものはルナしかいません・・・いえ・・・あと・・・アナタです。」
ルナは、ユールが不死だと行っていた。きっと、長い年月を生きてきて人との別れがいやになってしまったんだ。でも、それだけだろうか?つらい別れは普通に生きていてもある。沢山の別れを経験しても、人間は忘れることもできる。新しい思い出や楽しい思い出で記憶を上書きできれば、人間は生きていける。
「つらいことばかりじゃないだろ?」
「私たちは、忘れるということが今のところできないのです。」
「!!」
声にならなかった。
「楽しい思いをすると、昔の仲良かった人を思い出します。そのまま・・・ずるずると悲しい記憶までつながって行ってしまう。しかも、全てが鮮明な記憶です。記憶が・・・薄れていってくれないんです・・・皆さんが言うようには・・・」
「なっ」
「何百年も前の人の記憶が昨日あった人の記憶と同じように鮮明なので・・・気を抜くと記憶が混乱して・・・もういない人に会いに行こうとしてしまうんです・・・。そして・・・その人がいないことを思い出して・・・その人を失ったときの悲しみも思い出してしまうんです。」
何ということだろう。とても想像できない。
「ごめん、その辛さを解ってあげられるなんてとても言えない。でも・・・でも、君を少しでも幸せにしてあげたい。自分と居る間は、昔の悲しみを忘れられるように・・・君を幸せでいっぱいにしてあげる!!」
そのまま、思い切り抱きしめていた。
「結婚、考えてくれた?」
耳元でささやいた俺の質問に、ユールは、両手で俺の身体を優しく押し戻すようにほどきながら言った。
「結婚は・・・できません。理由はあります。でも、理由は言えません。理由を言って、私が結婚に条件をつけたとして、アナタはその条件を受け入れてしまうかもしれません。・・・もしそうなったら・・・私は自分を許さないでしょう。・・・だから、結婚はできません。」
「でも!」
ユールは、潤んだ目で俺をにらみつけるようにしながら続けた。
「アナタは結婚に、私との結婚に何を望んでいますか?」
「それはもちろん・・・」
ユールは発言を許してはくれなかった。
「私との間に子供が欲しいなら、五年間アナタのそばに居ます。子供ができる身体なのかどうかは・・・わからないですが、子供ができるなら産みましょう。でも、その後は、アナタが育てるか私が育てるか決めていただくことになります。」
「そうじゃない。」
「私との・・・情事を期待しているなら、私は抵抗しませんからどうぞ好きにしてください。」
「そうじゃない!!」
「ごめんなさい。それ以外の条件を・・・それ以上の条件を・・・私は提示できそうにありません。・・・怒らないでください。」
「一緒に暮らすことはできないと?」
「できません。できても・・・五年までです。なので、結婚はできません。結婚してしまったら、アナタは私の後に奥さんをもらわないでしょう?」
「・・・」
どうすればいいのか、全くわからなかった。目の前に居る人を幸せにしてあげたいだけなのに、一緒に幸せになりたいだけなのに、何故ここまで頑ななのか全く理解できない。
「いつか、何時になるかはわかりませんが、納得していただける日が来ます。どうか、私以外の方と幸せになってください。」
全く考えのまとまらない頭で一生懸命考えた。でも、いかなる答えも出てきそうになかった。
「これだけは聞かせて欲しい、俺のことが嫌いなのか?」
「・・・嫌いな人に抱いていいと言うほど私は自暴自棄ではありません。・・・すみません・・・嘘・・・かもしれません、何度も自殺を試みたことがあるので・・・でも、本当に、嫌いではありません。」
真剣に俺の目を見つめてくる瞳は嘘では無いと信じさせてくれるものだった。
「よかった、ならせめていい友達になろう。日本に着いたら、家に寄ってくれ、結婚は無理でも、食事をごちそうさせてくれ。・・・まぁ、母の手料理になるだろうけど。」
自分で言っていて照れくさくなってしまった。
「いいですね。ごちそうになります。早瀬川の町には一週間は居る予定でしたので、是非伺います。」
ユールは笑ってくれたが、その頬には涙が伝っていた。
その後はあまり話が弾まなかったが、しばらくして席に戻ろうと言うことになった。通路を席に向かっている間にユールの言っていたことを一生懸命に考えた。
不老不死という事が人類の夢のように語られるが、人類が求めているのは都合のよい死ににくく、病気にならない身体なのでは無いか?不老がユールのような記憶にまで働くことだとしたら、一体、誰が耐えられるだろう。不死が死にたくても死ねないと言うことを意味するなら気が狂ってしまうのでは無いか。自分は、もし神様が現れてどんな願いでも叶えてくれると言われても、不老不死だけは願わないようにしようと心に誓っていた。でも、その気持ちもユールに対しては失礼極まりないことなのだ。自分が当事者では無いので何とでもいえてしまうことにため息が漏れた。
ため息をついたとき、丁度自分の席に座っていたルナと目が合ってしまった。
「ユールを泣かせましたね。」
ルナがきつい口調で責めてきた。と思った。でも違った。
「まぁ、しようがないですね。ユールについて、聞きたいことがあったら私に聞いてください。私に聞くべき事と本人に聞くべき事の区別くらいできるでしょ?」
『ありがとう』
ユールと俺は同時に同じ言葉を同じ口調でルナに返していた。思わず二人してお互いを見つめ合った後笑い出してしまった。
ルナはあきれたように、仲のよろしいことで、と言っていたが、どこかうれしそうだった。
席に座ると、アルテミスが毛布を持ってきてくれた。そして飛行機の中は薄暗くなった。
俺は眠くなるまでいろいろな話をした。家のこと、仕事のこと、家族のこと、将来の夢のこと。そして、ユールに刀鍛冶のことを聞いた。ユールはもう失われてしまった技術、日本刀を打つことのできる職人だった。そもそも、自分がいつか使うであろう刀を鍛えるために修行したらしい。本人はやることが無くて暇だったのだと言っていた。ユールは、いつか一振りの刀を目の前で鍛えて見せてくれると約束してくれた。
気がつくと、ユールは寝息を立てていた。
ルナが話を続けるなら後ろの方の席に移動しようと言ったので俺とルナは飛行機の一番後ろの席に毛布を持って移動した。
「ユールは何度か自殺しようとしたんだってね。」
俺は、何となく気になって聞いてみた。
「・・・本人が言ったのですか・・・困ったものです・・・。」
と言いながら、ルナは少し考える様に黙り込んでから話し始めた。
「ユールは男性と女性が居ます。身体は一つなのですが、全くの別人格です。」
ルナの説明はこうだ。
女性のユールは世界が滅んでからしばらくして突然発生したらしい。
最初のユールは男性で、女性のユールが発生してからまだ六百年しか経っていない。しかも、女性のユールと男性のユールはかわりばんこに現れているので、女性のユールはせいぜい三百年しか人生を歩んでいない。男性のユールはすでに一千年の経験を積んでいる。
ただ、共通していえることは、二百年目頃に二人とも自殺を何度も試みているということ。飛び降りや頭を吹き飛ばす程度は当たり前にやっていて、普通の人なら間違いなく死んでいるはずの状況でも死ぬことは無かったという。男性のユールは火山の火口に飛び込んだり、最後は太陽に向かって飛び込んで試たらしい。ところが、地上に残っていた一本の髪の毛から身体が再生するに至って完全に諦めたという。
ルナが言うには、ユールは何かの役割を背負わされていて、役目を終えない限り死ねないのでは無いかということだった。
しかし、髪の毛一本から再生してしまうというのは眉唾としか思えなかった。本当にそうなら髪の毛が抜けるたびに新しい自分が生まれて、自分だらけになってしまう。完全に怪奇の領域だ。増えないというなら、ユールを一人に制約しているものが何なのか、そんなことを考えてしまう。しかも、記憶をどうやって引き継いだのか。脳みそは太陽の中だ。
「どこまでがほんとでどこからが冗談?」
「私はこんな事で冗談は言いません。・・・といっても、太陽に飛び込んだというのは私が生まれる前のことなので本当かどうか私には判りかねます。」
「ですよねぇ」
何となく安心した。
「ユールは、多分アナタのことが大好きですね。」
「えっ、ほんと?」
「私はこんな事で冗談は言いません。」
「・・・でも・・・結婚はしてくれないって・・・」
「そうでしょうね。」
「理由判る?」
「・・・もちろん判ります。でも、私の口からアナタに伝えることはできません。」
「『自分のことを抱きたければ抱け』とも言っていたよ。」
「・・・抱いてあげればいいじゃ無いですか、喜びますよ・・・多分。」
「でき無いよ、結婚もしていないのに・・・」
「立派な貞操観念をお持ちで・・・」
「茶化してる?」
「気がつきましたか!!」
「・・・はぁ・・・本当に一緒に幸せになりたいと思っているんだ。」
「安心してください。ユールはあなたが思っている以上にアナタのことを理解しています。」
「じゃぁ何故!受け入れてくれない。」
「・・・納得いかないでしょうが・・・アナタのことが本当に好きだからです。彼女は健気な女性なのです。そう・・・とても昔・・・彼女が会話ができるようになったそのときにはすでに・・・彼女は健気で思いやりのある女性でした。彼女は、明らかに男性のユールの理想から生まれたと私は思いました。七百年間滅び行く世界と再生してゆく世界を見つめていた人が描いた理想。まさに女神!!の訳は無いですが、彼女は絶望しつつあった地球再生のために働く有志の希望になりました。おそらく、再生の象徴だったのです。」
「・・・彼女にはつらそうな役回りだね。」
「全くです。でも、彼女はがんばりました。そのおかげで今の地球があります。」
「そんなに凄かったんだ。」
「はい。私にはそう見えました。」
「どんな事をしたの?」
「簡単に言えば、人間関係を非常によく修復してくれました。地球再生には当たり前ですが非常に多くの人々が関わっていたので、問題も多かったのです。」
「そうだよねぇ、彼女、ほんとにいい人だよねぇ。」
「・・・そうですね。」
ん?突然冷たくなったぞ。棒読み?何か間違えたかな?
ルナが立ち上がって元の席に向かいながら言った。
「そろそろ一眠りしましょう。」
やはり、何か間違えたらしい。・・・女性は難しい。
「わかった」
俺も自分の席に戻り、毛布をかぶった。ユールの事を考えながら目を瞑った。好きな人と愛し合え無いなんてちょっと悲しい。何とかできないかなぁ。と。
振り向いて寝息を立てているユールを眺めた。・・・やはり答えは出ない。もう一度目を瞑った。
辺りが突然明るくなった。
気がついたら眠っていたらしい。いろいろあって疲れていたのだろう。
慌てて飛び起きると、ユールも色っぽくのびをしていた。
「おはようございます。」
ユールの元気な朝の挨拶だった。
「すみません。お話しして頂いていたのに途中で眠ってしまったみたいで・・・」
ユールは本当に申し訳なさそうだった。
「おはよう。いやいや、俺も調子に乗りすぎてたみたいで、気遣ってあげられなくてごめん。」
なんか、相手が年下に見えるので、どうしてもぶっきらぼうな言い方になってしまう。今更改めるのも変だからこのまま行こう。そんな事を考えていると、
「歯ブラシと手ぬぐいをお持ちしました。顔を洗ってはいかがですか?」
とアルテミスがお盆に歯ブラシ、手ぬぐい、石けんにカミソリを載せて持ってきた。俺はお礼を言うと、一式受け取って洗面台に向かった。少し寝不足気味だが、気持ちのいい朝だった。
席に戻ると、朝ご飯が準備されていた。知らない魚の干したものにオムレツと海藻のお味噌汁と玄米そして大根の漬け物。おいしく頂いた。
「この魚は何だろう?」
と独り言を言っていたら、隣のユールから返事が返ってきた。
「鯵です。鯵の開き。海で捕れる魚で、開いて内蔵を取って干したものを火であぶって食べるんです。私の・・・もう一人の私の好物なんです。」
「へぇ、確かにおいしいね。生の魚を焼いたのとはまた違った味わいがたまらない。」
「ふふふっ、私もそう思います。」
うれしそうにほほえみながら楽しい食事は進んでいった。
再び、アルテミスの歌うような声が響いた。
「まもなく、日本の早瀬川の町に到着します。現在の現地の時刻は六時四十分です。」
俺は、何となく呟いていた。
「早いんだなぁ。」
ユールが不思議そうにこちらを見てきいてきた。
「どうしたのですか?」
「いや、行きは何となく眠れなくて、凄く長く感じたんだ。一人だったしね。でも、帰りは楽しかった。ユールも居てくれたし。」
「そう言ってもらえるとうれしいです。」
ユールは本当にうれしそうに見えた。
「アナタは、私にできた二百年ぶりの友人です。ご飯、ご馳走して頂く約束は忘れていませんからね。」
悪戯っぽく喋るユールに勿論と答えながら両親にどう紹介したものか考えてしまった。恋人とは言えそうに無いのでやっぱり友人なんだろうなと思った。
アルテミスがやってきて、食事の終わった食器を片付けていった。いよいよ故郷に到着だ。三年ぶりか、変わってるかなぁ。自分の家と家族に思いを馳せた。
「ねぇユール。」
「何でしょう?」
「家族に恋人だって紹介していい?」
「またそう言う事を・・・私を困らせて楽しいですか?それとも私をしばらくアナタの家に置く決心が付きましたか?」
「違う違う、冗談だよ。」
「・・・私はどちらでもいいので、アナタが決めてください。私は・・・覚悟も決心もできていますから・・・私の事よりアナタの気持ちを大切にしていいのですよ。」
とユールは笑顔で言ってくれた。気を遣われているのがよくわかった。きっと、本当にどちらでも受け入れてくれるのだろう。一緒にずっと暮らすという事以外は・・・そう思うと胸が痛んだ。
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- 2012/12/19(水) 11:23:09|
- 再生した地球にて
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ぼーっと飛行機の準備ができるのを運動場で待っていると、二つの人影が近づいてきた。人影は、大小二名で灰色のローブと二メートルほどの長い杖を身につけフードを目深にかぶっていた。
目の前に立つと、背の高い方(と言っても、俺より十センチくらい低いのだが)がフードを後ろに下ろした。案の定ユールだった。
ユールはローブの下に昨日と同じ白いドレスを着ているようだった。そして、フードを下ろすと胸の上の方につけた三日月と何かの葉をモチーフにした金のブローチをつけていた。
「私も、日本に行く用事があるので飛行機ではご一緒させていただきます。・・・」
しばらく俺を見つめた後、
「少々用事を思い出しました。・・・少し出発を遅らせていただいてもいいですか?」
と言った。
俺は、
「もちろん、何の問題もありません。」
と満面のほほえみで答えた。うれしすぎて大声で叫びたかった。もう少し自制心が無かったら叫びながら踊り出していたに違いない。自分でも顔が紅潮しているのがわかるほどだ。
「にっ、二、三十分で戻ると思います。」
若干困ったような顔で、そう言うと、ルナに向かって
「アナタは彼と少し話でもしていてください。あまり退屈させないように・・・」
と言いながら、手を振ってもと来た方向に足早に去って行った。
「何でしょうねぇ、用事があるとは思えないのですが・・・」
ルナがぼそりと、しかし明らかに俺に聞かせたいとでも言うかのようにつぶやいた。
「なんか、思い出したんだよ。きっと」
「私はユールが日本に用事があるという台詞も疑っています。まぁ、急ぎの要件がないのも事実なので、当面の行き先はどこでもいいんですけどね。」
ルナは、ぶっきらぼうに若干不機嫌そうな声で答えながら、フードを後ろに下ろした。
胸元には、満月をモチーフにした金のブローチがついていた。満月だと判ったのは月のウサギ模様が再現されていたからだ。
「月のブローチだ。」
「再現が難しいものである必要があるのです。真似できない物であることが必要なので。」
「確かに、一目で月だとわかるのはすごいね。しかもすごく精巧だ。」
「あげませんよ。」
「いや、欲しいとは言って無い。」
ルナは冗談だというようににっこり笑った。
そんなどうでもいい会話をしてしばらく過ごした。
ルナは最初の印象とは違い、話をしていると意外と感情が豊かであることが判った。冗談を言えば笑いながら冗談で返してきた。心を許してもらえていると感じていた。
「そういえば、彼女遅いねぇ?」
俺は思い出したように言った。
「・・・何をしているんだか、全く子供なんですから・・・困ったものです。」
「へっ?」
「そろそろ迎えに行ってみますか?」
「な?」
「・・・飛行機に乗る前にトイレに行ってきたらどうですか?この通路の先、左側にあります。」
「あー、さっき見たから知ってる。広場のところだよね、水飲み場もあったよ。」
「今のうちに行ってきてください。」
「・・・わかった。」
何となく、有無を言わせない感じに押されて広場に向かって歩き出した。やがて、広場の曲がり角でその人は頭を抱えて長椅子に座っていた。
「そういうことか・・・」
独りごちた。
「はっ?・・・なぜ?」
ユールは驚いたようにこちらを見た。
「トイレに用事があったんだ・・・」
「あっ・・・そっ・・・そうです・・よ・ね。・・・みっ・・みつかってしまいました。」
てへ?と言いながら自分の頭をコツンと打ち、舌をかわいく出しながら苦笑いをしていた。
「トイレ行って来るからちょっと待っててよ。もう行けるよね?」
「もっもちろんです。用事は済みましたから・・・。」
ユールは顔を赤らめてにこにこしながら答えた。かなり苦笑いが入っている。
トイレから出てきて、一緒に飛行機の近くに待つルナのところに合流した。その間、全く会話がなかった、ユールは下を向いたまま、杖をつきながらのろのろと歩いていた。
「あれぇ、途中で合流したのですか?おもしろい話でもできましたか?」
ルナはわざとらしく、抑揚のない声で言った。棒読みと言ってもいいだろう。俺は
「もちろん、かわいい顔が見れた。」
とにっこり返した。すると、ユールが慌てて何か言おうとした。
「ちょっ!」
「よかったですね。」
すかさずルナがにこやかに突っ込んだ。まるでルナにはすべてが見えているようだった。ユールはむくれていたが、飛行機の女性の搭乗員が明るくすんだ声で準備ができたと告げると、俺に先に行くように促し後ろから付いてきた。かすかにため息が聞こえてきた。気にはなったが、気づかないふりをして階段を上り飛行機に乗り込んだ。飛行機は百人は乗れそうだった。椅子が通路を挟んで三列ずつ並んでいる。
搭乗員が案内してくれた席に座ると、ユールは通路を挟んで反対側の席に座った。ローブと杖は添乗員に渡していた。ルナはユールの後ろだ。俺がにこにこしていると、ユールが飛行機には重量配分というものがあって人が少ないときには真ん中に固まって座る必要があるのだ、と慌てたように手をばたばたさせながら主張すると、ルナがそれは初期の飛行機の場合でこの飛行機では関係ないと告げ口をした。ユールはルナに余計なことを言うなと怒って見せたが、ちょっと楽しそうに見えて安心した。
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2012/12/13(木) 12:30:17|
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第二章 再会
・・・・・
あれから二日、彼女のことが頭から離れなかった。いろいろ考えたし、昨日も歴史学の教授に相談に乗ってもらった。
「彼女は結婚できないんですか?」
と。
すると教授は
「彼女のことは判らないが、長い歴史の中で『ユール』は何度となく結婚している。子孫も沢山いると言われている。だから、違う理由なんだろうなぁ。あー、あと、ユールが自分から身分を明かすのは結構珍しいんだ。今回は私が昔の話を頼んだからだと思うが、そうすると自分が『ユール』だと明かさないとうまく伝わらないことも多いだろうからな。」
といった。俺は新しい疑問を口に出していた。
「『ユール』は一人じゃないのか・・・」
教授は大笑いしながら答えとも付かない答えを教えてくれた。
「彼らが自分たちをどう認識していて何人と表現するかには非常に興味があるが、歴史的事実として『ユール』は常に一人だよ。『男のユール』も、『女のユール』もそれらをひっくるめて歴史的事実としては常に一人なんだ。」
「・・・訳がわかりません。」
「そうだな、詳しいことを他人に伝えることは禁止されているんだ。でも、その手がかりは世の中にいくつもある。初代日本国王の国王としては最後の后である彩花様とその娘王女であり後に野に下った悠花様の日記だ。悠花様が編纂されて『二輪の花の記憶』として出版されているあの中に多くの示唆的な内容がある。『ユール』は特別に私に真実を教えてくれた。といっても、実際には脅して聞き出したんだがね。」
「どうやって脅したんですか?」
「私が聞き出したのは国王であった男のユールからだ。『二輪の花の記憶』の后彩花様との別れの場面からいろいろ想像して、『本の内容を要約して論文として発表会の席で無理矢理聞かせるぞ!!』と脅してみたのだ。くっくっくっ、あの時のユールの苦虫を噛み潰したような顔は今でも忘れられん。男のユールは彼女と違って諸々のことを達観しておってな、まともな交渉は成立しないことが多いんだ。」
「それが脅しになるんですか」
「内緒だぞ、ワシもさすがにユールと喧嘩はしたくない。」
眠れない夜を過ごしながら、また彼女のことを考えた。
「教授はいろいろな手がかりをくれたんだろうなぁ。理解しきれない自分が恨めしい。」
あんなことが目の前で起きたので、教授は親身になって相談に乗ってくれた。でも、いろいろと釈然としない。
「彼女は『考えさせてくれ』と言っていたけど、返事はくれるのかなぁ。でも、明日には帰っちゃうしなぁ。」
独りごちしながら天井を見上げていた。気がついたら寝ていたようだ。
「起きて・・・アナタ起きて、遅刻しちゃうよ。」
という優しく歌うようなユールの声に起こされた。
「はっ」
と目を開けると、夢だった。揺らされたような感覚もあったのに、まだ寝ていたかったのに・・・と考えていてもう一度「はっ」とした。
「今何時だ?」
十時、今からだと、朝の水浴びをして着替えて・・・飛行機に乗る時間にぎりぎりじゃないか。
「やばい!!」
飛び起きて急いで準備した。長旅になるので朝の水浴びはしておいた方がいいと忠告されていたのだ。
走って汗をかいては、朝の水浴びの意味が無くなってしまう。
汗をかかないぎりぎりで急いでこのあたりで最大の運動場に向かった。通路の途中には噴水広場があり、水飲み場やトイレ、更衣室などが並んでいる。その先が運動場、
「どうにか間に合ったかな。遅れると怒られるからなぁ。」
担当教員はうるさい人なのだ。その人は運動場の入り口に立っており、俺を見ると、
「時間ぴったりですね。珍しい。急がなくていいですよ、飛行機の準備と、他の乗客が来ていないようです。」
と言った。
運動場には大きな長細い機体に原動機の付いた動く羽を持つ大きな飛行機が止まっていた。
三年間面倒を見てくれた担当教員が俺の荷物を受け取ると係員に渡した。俺の荷物は一足早く積み込まれていった。
担当教員は次の用事があるので戻らなければいけないと申し訳なさそうに肩を窄めていた。しかし、俺はできる限りの笑顔で
「ありがとうございました。三年間お世話になりました。」
と元気よく言い、その後も、思い出を一生懸命つなげようとしたが、担当教員は
「あなたはかつて私が担当した中で最も優秀な学生でした。また何か学びたいことができたらいつでもまた来てください。そのときも私があなたの担当教員ですから安心してくださいね。」
と、涙で潤んだ瞳でこちらを見つめながら握手を求めてきたので、俺は黙ってしっかりと握手に応じた。二人とも、両手でしっかりと握手した。
やがて、担当教員は名残惜しそうにその場を後にした。
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2012/12/04(火) 20:54:28|
- 再生した地球にて
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